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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2260号 判決

控訴人 小浜靖二郎

被控訴人 高橋弥造

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三十二万一千円及びこれに対する昭和三十年五月二十七日以降完済まで年六分の割合の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求めると申立て、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、被控訴代理人において「訴外飯田喜三郎と控訴人との間に成立した裁判上の和解において、控訴人が飯田に対する借金の元利金を弁済期に支払わないときは、代物弁済として本件家屋の所有権は当然飯田に移転すべき旨の停止条件付代物弁済契約がなされたところ、控訴人は昭和二十九年五月十六日の弁済期を徒過したので、本件建物は飯田の所有に帰し、同人は同年十二月十五日適法に所有権取得登記を経たのである。仮りに右代物弁済に関する約定が債務不履行と共に当然所有権が移転する趣旨の停止条件付契約と解し得られないとしても、それは借入金債務のために本件家屋につき抵当権設定と同時に代物弁済の予約をしたものであつて、弁済期に債務の弁済がなされないときは、不動産の抵当権を実行すると代物弁済の予約を完結してその所有権を取得するとは、債権者たる飯田の選択に委されていたもので、飯田は昭和二十九年十二月二十九日控訴人に対し代物弁済の予約を完結する意思表示をなし、本件家屋の所有権を取得してその登記手続を了したものである。」と述べ、控訴代理人において「控訴人と飯田との間では、控訴人が利息の支払を継続する限り弁済期を猶予すべき旨の諒解が存し、控訴人はこれに基き昭和二十九年三月分より八月分まで確実に利息の支払を履行して来たので、同年九月二日控訴人が本件物件を被控訴人に売渡した当時にあつては、本件家屋の所有権は飯田に移転せずして控訴人に属していたのである。従つて控訴人と被控訴人との間の売買はもとより有効である。」と述べた外、原判決事実の摘示と同一につき、これを引用する。

証拠として、控訴代理人は更に当審証人小浜常次の証言を援用し、乙第七号証の一、二の成立を認めると述べ、被控訴代理人において乙第七号証の一、二を提出した外、当事者双方は原判決事実記載のとおり、証拠の提出認否援用をした。

理由

被控訴人が控訴人主張の日控訴人に宛ててその主張の本件約束手形六通を振出し交付したことは、当事者間に争がない。よつて以下被控訴人の抗弁につき判断する。昭和二十九年六月十九日被控訴人がその主張の如く控訴人より東京都港区芝三田二丁目十一番地所在の控訴人所有にかかる本件店舖兼住宅のうち一階の部分をこれに付属する電話加入権、事務用什器、蓄音器商組合営業権等と共に、賃料を一ケ月金五千円とし、保証金(賃貸借終了の際返還さるベき敷金の意味)百五十万円を差入れる約束で借受け、右保証金の支払方法として本件手形を他の手形と共に控訴人に交付したことも、争のない事実である。しかるところ、成立に争のない乙第一号証第三号証第七号証の一、二と原審証人飯田喜三郎の証言によると、控訴人は昭和二十九年三月十六日訴外飯田喜三郎より金百十万円を借受けたのであるが右貸借につき同年四月八日同人との間に裁判上の和解(即決和解)をなし、その和解において(一)控訴人は飯田に対し前記金額を弁済期同年五月十六日利息年一割期限後の損害金百円に対し日歩金二十銭の割合と定めて借受けた債務の存することを確認する。(二)控訴人は右債務担保のためその所有にかかる本件家屋につき第一順位の抵当権を設定し、且つ期限に元利金の支払をしないときは右不動産を以て代物弁済とし、飯田にその所有権を移転すべく、この場合飯田において控訴人に対し何等の通知催告を要せず当然これが所有権移転するものとする。(三)控訴人は右所有権移転の際は、直ちにその旨の登記手続をなし、且つ建物より退去してこれを飯田に明渡すこと。等の条項を約したこと(尤も和解調書の上では利息は年一割としてあるが、実際には月八分とする約定であつた)及び控訴人は同年三月十六日付を以て本件家屋につき飯田喜三郎のため抵当権設定の登記並に代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと等の事実が認められる。即ち右和解条項に従えば、控訴人において債務の弁済をしないときは貸主飯田喜三郎において控訴人に対し何等の通知催告をすることを要せず、本件家屋の所有権は当然に飯田に移転すべきことを特約したものであつて、それは債務不履行の場合改めて代物弁済によつて所有権を取得する旨の意思表示を必要とするいわゆる代物弁済の予約と異り、債務不履行を停止条件とする代物弁済契約そのものであると解するのが相当である。このように債務の不履行により当然代物弁済の効果が発生するとすれば、抵当権実行の余地がなくなり、代物弁済契約と並んで抵当権の設定を約したことが一見無意味に帰するかのようであるが、その場合でも債権者は弁済期到来前抵当の目的たる家屋が焼失し、または収用されたことによる保険金又は補償金等に対して物上代位をなしうる訳であるから、やはり抵当権を設定する実益は存するのである。ところで前記飯田証人の証言及び乙第三号証第七号証の一、二によると、控訴人は約定の期限が来ても飯田喜三郎に対し借用金の弁済をすることができないので、控訴人より利息の弁済資金を得受け、昭和二十九年十月十六日までの利息の支払をしてそれまで期限の猶予をして貰つたのであるが、その後は利息を支払つて期限の猶予を得ることもなく、勿論元金の支払をすることができなかつたこと、そこで飯田は前記和解調書に基き昭和二十九年十二月二十九日本件家屋につき代物弁済による所有権取得の本登記を了したものであること等の事実を認めうべく、このように控訴人が弁済期を経過しても債務の弁済をなし得なかつた以上、本件家屋は右債務の弁済に代えて当然飯田の所有に帰したことが明かである。原審並に当審証人小浜常治の証言及び原審における控訴本人尋問の結果中、以上の認定に牴触する部分は採用することができない。そして原審における被控訴本人の供述と前記飯田証人の証言及び乙第七号証の一、二に徴すれば被控訴人は昭和二十九年十二月下旬飯田より代金百五十七万円を以て本件家屋を買受けその所有権を取得し、昭和三十年六月二十三日これが売買による所有権取得登記を完了したこと明かである。かくして本件当事者間における賃貸借契約の目的物件中、その主要な部分に属し、これを除いては賃貸借契約の目的を達成できないものと認むべき右家屋の所有権が賃借人たる被控訴人に帰属したことにより、その賃貸人たる地位も被控訴人に移転すべく、結局本件賃貸借契約上の権利義務は混同により消滅したものといわなければならない。それ故被控訴人が控訴人に支払うことを約した保証金はその支払を要せざるに至り、保証金支払のために差入れた本件手形はいずれも控訴人よりこれを被控訴人に返還すべく、被控訴人は最早手形金支払の義務を負わない筋合となるのである。

控訴人は昭和二十九年九月二日本件家屋を被控訴人に売渡し、その代金債権と保証金返還債務とを対当額にて相殺する旨約定したと主張するが、右主張を採用し難いことは原判決理由に説示するとおりであるから、これを引用する。なおこの点に関する当審証人小浜常次の証言は措信し得ない。

然らば以上と多少説明を異にするけれども、結局は同一趣旨の下に控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、控訴は何等理由がない。よつてこれを棄却すべく、民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)

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